2008年8月17日日曜日

The Barnes Foundation




大学時代にお世話になり、その後も親しくしていただいている教育哲学の教授からこんなメールをいただいていました。

「Albert C. Barnsという人は医学の研究者で、ペンシルベニア大学を出た後にドイツに留学、そこで得た研究成果をもとにしてフィラデルフィアで企業を興して巨万の富を築き、財団を設立、印象派・ポスト印象派の絵やアフリカの美術を買いあさったのだそうです。それがバーンズ・コレクションとしてフィラデルフィア美術館に残っていると聞きました。バーンズは彼の財団を教育的な機関と考えて、自分の集めた作品を使って市民の芸術教育を試みましたが、そのときに頼りにしたのがデューイで、デューイもこの財団の活動に深くコミットしました。彼の芸術論『経験としての芸術』はバーンズとの関わりから生まれたと言ってもいいようなもののようです」

デューイとはジョン・デューイ(John Dewey/1859-1952)のこと。アメリカの20世紀前半を代表する哲学者。パース、ウィリアム・ジェームズとならんでプラグマティズムを代表する思想家です。先生の授業では、デューイが熱心に取り上げられていたのを思い出しました。かなり大雑把にまとめると、デューイはそれまでの弁証法的・観念論的な哲学から、より経験論・実践論的な方向へ発想を転換し、特に子供の生活経験を重視した教育理論は大きな影響を与えました。

「このバーンズという人、なかなか面白い人のようです。時間があったら一度調べてみてはどうですか?」とのアドバイスをいただきしばらくそのままになっていたのですが、先週両親の渡米に合わせて「バーンズ・コレクション」を一緒に見に行くことができました。

実際はフィラデルフィア美術館に残っているのではなく、「バーンズ財団(The Barnes Foundation)」としてセンターシティから電車で15分くらいの郊外の高級住宅街Merionにあり一般公開されています。が、入場制限があり予約制で人気がたいへん高いと聞いたので、約1ヶ月前にインターネットからチケットを購入。

Merionの駅から歩くことさらに約15分。日本の小学校の校庭ほどの芝生の向こうに城のような一軒家、といういったい誰が住んでいるんだかという超高級住宅が立ち並ぶ道をひたすらまっすぐ。我々の他には人っ子一人いません。そろそろ不安になってきた頃にようやくその白い建物が顔を出しました。

まず建物に入って驚くのが、メインホールの正面上部の壁に描かれた巨大なマチスの壁画「The Dance II」。シンプルな丸みのあるラインでダイナミックに描かれた踊る裸体たち。バックはピンクと黒と青の幅の広いラインで塗り分けられているのみです。マチスに依頼して描かせたとはにわかには信じられませんでしたが、製作中のマチスを撮った写真がそのままポストカードとして売られていました。(内部は写真撮影禁止でしたので、添付したものはポストカードをスキャンして取り込んだものになります)

そしてルノアールが180点、セザンヌが69点、マチスが60点という個人のコレクションとは思えない内容と量。他にもピカソ、ルソー、モジリアニ、モネ、キリコに加え、アフリカの工芸品やアメリカ先住民のタペストリーなど実に幅が広い。さらに左右対称に作品を配し、作品の大きさや画家までも統一させるという、へんに凝った展示方法も気になります。印象派の隣に中国の掛け軸があり、その前にやかんが置かれていたりして首をひねりたくなる取り合わせも。彼の遺言でこの配置は変えられないとのこと。変人だったに違いありません。

作品の質としてはピンキリで、MOMAやメトロポリタン美術館の足下にも及びませんが、ただもうその壁を覆い尽くす作品の量に圧倒され、なにか「念」のようなものまで感じて目眩がしてきました。バーンズよ。お前は何者なんじゃ。 目の炎症に効く銀軟膏アルジロル(Argyrol)の開発で巨万の富を得たというが、いったいどのくらい稼いだのだ。

実際、バーンズとデューイの親交はかなり深かったようです。初対面でベートーベンの交響曲第5番についての意見に相違を覚えたバーンズは、後日デューイを自宅に招き、その場で生で交響曲第5番を演奏をさせ彼に聞かせたというからすごいですね。それ以降「人格形成における美的体験」というテーマで刺激し合い、議論をかさね、デューイの数々の著書の執筆を助け、共にヨーロッパへ旅までしていました。さらに1922年、自身の会社の従業員の教育ために設立した「バーンズ財団」の初代教育監督に任命するなど、デューイの後援者であり、生きる実践であり、ある意味パートナーでもあったわけです。

芸術、哲学、教育を大きなうねりのように巻き込んで生きた2人。そのスケールの大きさと豊かさは、なかなか日本では体験できるものではありません。「心意気に賭ける!」という粋さも伝わってきます。壁画を描いたマチスもデューイの肖像画をのちに描いています。人と人との出会いが流れをつくり、渦のようになり周りを巻き込んでいく。ああ、本当に楽しかったんだろうなとちょっと羨ましくさえ思いました。

行くのが少し面倒ですし予約も必要ですが、フィラデルフィアにお超しになる機会があれば是非足をお運び下さい。なかなか得られない体験になりますよ。

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