2014年4月15日火曜日

アルメニア人ピアニストとシュトラウスの夕べ



金曜日の夜に行ったミュンヘンフィルのコンサートは、当初予定されていたロリン・マゼールが病気で降板したため、急きょ、ロシア人指揮者、ヴァレリー・ゲルギエフが登場。

会場のカーネギーホール前には、彼の政治的方向性に反対する人々が集まり「国に帰れ」「ゲルギエフよ恥を知れ」「ゲルギエフはウクライナの戦争を支持しているし、同性愛者の敵だ」などとシュプレヒコールをあげていた。

こんなところまで政治の波がと、怒りがわく。ゲルギエフはこの日、このコンサートのために到着し、リハーサル1回のみで臨み、翌朝5時には帰国するという超タイトなスケジュールで来てくれたのに。くだらんことを叫ぶ前に音楽を聞け。彼の存在意義は政治的な方向性ではなく、その演奏にあるのに。

やや憤慨しながら、バルコニー席までふうふう言いながら階段で上がり(カーネギーホールでは老若男女、基本的には階段で移動。安い席ほど、階段で高く高く登らないといけない)、席に着いたら、隣の席の青年が話しかけてきた。

「君は音楽関係者?それともいちクラシック音楽ファン?」
「いちクラシック音楽ファンの方だけど、あなたは?」
「ピアニスト兼、作曲家なんだ。主に現代音楽を作曲しているのさ」

アルメニア出身のその青年の名前はカレン・ハコビアン(Karén Hakobyan)。17歳でカーネギーホールデビューを飾って以来、世界各国で演奏している(らしい、後でウェブサイトで調べたところによると)

プロの音楽家を前にして、本日のプログラムさえ、ろくに予習してこなかった、即席クラシック音楽ファンは、何を話したらよいか分からず少々焦る。が、たぶん彼なりにレベルを落としていろいろと教えてくれて、一緒に鑑賞出来て楽しかった。

ちなみにプログラムはリヒャルト・シュトラウス一色。
「ツァラトゥストラはかく語りき」
「ブルレスケ」
「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」

人生でこんなに長時間シュトラウス漬けになったことはないというほど、みっちり奈良漬けのごとく漬けられた。特に「ツァラトゥストラはかく語りき」は圧巻だった。なんという楽器の多さ。バリエーションの豊かさ。多分CDだったら長時間聞くのが少々辛いこの曲、全パートを見下ろせるバルコニー席から見る生演奏だと、実に興味深いものがあった。カレン青年も「この曲は素晴らしい」と舌を巻いていた。

「ブルレスケ」はピアノ協奏曲。
「ほら、だいぶオケの楽器が減ったでしょう。あまり楽器があるとピアノの音が聞こえなくなっちゃうからね」
と耳元でささやくカレン青年。確かに、オケの4分の1くらいは退場した。
「普通ピアノ協奏曲は、ピアノが休んでオケが演奏するパートがあるんだけど、この曲はピアノの演奏部分が長くて、さらに難解だからタフな曲なんだよ」
そういう解説付きで見られるとはなんとも贅沢である。

ピアニストはエマニュエル・アックス。妻が日本人であることから、日本での認知も高いらしい。カーネギーホールの常連。アメリカ在住のユダヤ系ポーランド人でなんとウクライナ生まれ…。ゲルギエフと組むことは心中穏やかではなかったのか、それとも芸術家同士、そんなことは関係なく最高の音楽を編み出すことのみに集中出来たのか。即席いちクラシック音楽ファンとしては後者であることを願ってやまない。

3曲の中で、個人的に楽しめたのはこの「ブルレスケ」。ピアノとティンパニの対話が実に愉快。コミカルで発見の多い曲だった。空耳かもしれないが、ティンパニの音すらドレミで聞こえた。(絶対音感は昔はあったが、最近は自信がない)。

と、なんだかんだ楽しんで終わったコンサート。ゲルギエフに心から拍手を送り、カレン青年ともさよなら。「5月にニュージャージー州でボクのコンサートがあるんだ」と誘ってくれたが、あまりにも遠く車がないと行けない(クラシック音楽に全く興味がない夫が運転して連れて行ってくれるとは思えない)ので、「多分無理だわ」と告げる。

来年には初の日本での公演もあるから楽しみとのこと。彼の名前を見たら応援してあげてください。

ちなみに彼のウェブサイト(英語です)はこちら。開くと彼のピアノ演奏が流れます。
http://www.karenhakobyan.com/Home_Page.html