2011年5月25日水曜日

最後の審判の3日後


終末論を説くカルト集団というのはいつの世にも存在するのでしょうが、最近NYでは5月21日が「最後の審判の日」(Judgement Day)として、市民を不安に陥れようと活動するキリスト教系団体の動きが目立ちました。

地下鉄駅構内でビラを配るくらいまではまあ勝手にすればという感じですが、衝撃的だったのが地下鉄の車内広告に堂々と登場していたこと。巨大な赤字を抱えるMTA(メトロポリタン・トランスポーテーション・オーソリティー)ですが、車内広告を選ぶ基準というものはないのでしょうか?広告料を払ってくれればどんな怪しい団体でも構わないという逼迫した状況なのかもしれませんが、あまりの品性のなさに呆れてしまいました。

広告にはおどろおどろしく、「巨大地震が起きる」とか「神が聖書を通して我々に警告している」などと書かれ、最後の日をカウントダウンする時計のイラストが不気味に描かれています。

そしてその地球最後の日が過ぎて3日後、広告の契約期間はまだ続いていたようで、全く同じ広告が寒々しく地下鉄車両内に残っていました。気に留める人も特にいないようでした。

2011年5月23日月曜日

キッチン事件簿2

先日我が家の冷凍庫にビニール袋に入ったセーターを発見しました。
セーター。セーターですよ。

「腕に負傷した人が、患部の痛みを緩和させるためにセーターを冷やしているのでは?」
「いやいや、冷凍させ繊維の質を変えて、皮膚への刺激を押さえるのだ」
と憶測が例のルームメート一斉メールで飛び交うものの、自分が入れたと告白する人は登場せず、私がそろそろ
「実はセーターは食べられるのかもしれない」
と信じはじめたころ、その真相が判明しました。

カナダ人バーリー君の仕業だったのです。端正なメガネ顔のバーリー君が、穏やかな低い声で説明したところによると

服を食べる害虫の成虫(蛾)が部屋に大量発生してパニック状態になった。
掃除はしたが、すでにセーターに卵がついてしまっているかもしれない。
ふ化する前に卵を殺すにはどうしたらよいか。


そうだ、冷凍するのが一番!!


という結論になったということです。
つまり、虫の卵がついているかもしれないセーターがぶち込まれた冷凍庫に、私のハーゲンダッツのアイスクリームや、冷凍ご飯も保管されているということです。

ええと…、うーん、そうなんだ。やれやれ。
彼はとってもいい人なので、ケンカをしたくないんですよね。こんなことで。バーリー君は今月末に引越すらしいので、そのセーターを忘れずに持っていっていただきたいと心から思います。

ちなみに蛾は「moth」。最初「モス」と言われた時になんのことか分かりませんでした。意味が分かった瞬間に、

ああ、だからゴジラに出てくる蛾の怪獣は「モスラ」なんだ!!!と、目から鱗だか鱗粉だかがバラバラと落ちました。バーリー君有り難う。

2011年5月22日日曜日

キッチン事件簿1

我が家のキッチンでは常に事件が起きている。違う国から来た人同士が、同じ屋根の下に住んでいるのだから、仕方がないといえば仕方がないのだが、それを通り越して何やら、この場所は事件を引き起こそうと企む「気」のようなものがとぐろを巻いているように思えてならない。そしてその渦の中心には大抵、あのスペイン人がいる。

アントニオ君がオムレツを作る時だけに利用し、大切に隠しておいた、超硬質セラミックコーティングフライパンを、何者かが勝手に使用、底にフォークで深い引っ掻き傷を残して放置した。怒る狂うアントニオ氏。料理のことを全く分かっていないアホがこういうことをするんだ。あるいは誰かが悪意を持って、僕がかくしておいたフライパンを引っ張り出してわざと傷つけたにちがいない。1回こうなると使い物にならないんだ!

英語とスペイン語で罵ること数10分。いやもっとだろう。私が帰宅する前から怒っていたのだから。最終的に、ルームメートに一斉メールをして犯人を探すと吠えたが、まあまあとなだめる私。

人それぞれ価値観は違うんだからさ、みんながみんなフライパンの価値を分かるとは限らないよ。だいたい君がキッチンの片隅に自分のスペースを作り、そこにフライパンを隠していたということを知る人自体少ないんじゃないかい。こんな小さな家で犯人探しをしても仕方がないから、メールを送るにしても文体に気をつけて、君がどんなにそれを大切にしていたかを書き、同情を集める方が賢明だとおもうよ。

数日後、アントニオ氏は私の忠告をふまえ、内側に怒りをはらみながらも、比較的落ち着いた文体で事件について一斉メール。「別に犯人探しをしたいわけじゃないんだ。ただ、どうか君が無神経にしたことが他の誰かを傷つけるということを分かって欲しい」

いい文章だ。しかしルームメートらからの反応はない。そんなデリケートな文面では伝わらないのか。今度は私が怒りに駆られる番。無視ってことはないだろう。コラア!!激情的なスペイン人が、今日もまたうるさいことを言っているぜくらいにしか感じていないのなら、思い知るがよい。ひたひたと打ち寄せる夜の波のような罪悪感を覚えさせてやろうじゃないか。

「おお、アントニオ。なんて悲しいニュースなんでしょう。あなたにとってそのフライパンが宝物だったのを知っています。あなたがその光り輝くフライパンで料理をしている時、実に幸せな表情をしていました。でももう二度と、その笑顔を見ることはできないのね」

映画やドラマの回想シーンなら、我がアントニオ氏がフライパンを片手に「アハハハハ」と笑いながら、キッチンをダンスしている風景だ。画面はソフトフォーカス、音声はエコーがかかっている。自分の安っぽい妄想のワナにかかりもう少しで泣きそうになりながら、一斉メール返信。さすがにこれはこたえたと見え、一番アントニオと仲のよいカナダ人のバリー君(大学職員、元国連勤務)がキッチンまできて
「ごめん、僕がフライパンを使ったわけじゃないけど、そんな大切なものとは知らなかったよ」
となぐさめてくれ、大家のヴァネッサも
「それは高級なフライパンね。今後は一目のつかないところにきちんと保管して置かないとダメよ」
と急いでメールを返してきた。

しかし、結局犯人は名乗り出ず。執念深いアントニオ氏は、その当時キッチンラックに残っていた食器から推察し、きっとヤツに違いと私に何度も密告しにきたが、明確な証拠と自白がない以上、犯人扱いはできないと却下。おかしな噂を流さないように監視しながら、秩序の安定を図った。

そして昨日、例のフライパンがまた使われ、ぞんざいにラックに置かれていた。アントニオ氏の頭からゆらゆらと陽炎が上がるのが見える。またヤツに違いない。そんなに気になるなら、ナイスリーに聞いてみたらいいじゃない。最近このフライパン使った?ってさ。フライパンを片手に彼の部屋ににじり寄るアントニオ氏。結局不在で、目的は果たせず、戻ってきた。

で、今回フライパンを使ったのは前出のカナダ人、バリー君であることが後に判明。アントニオ氏以外にあっさりとしとした表情で
「バリーはいいんだよ使っても。彼は使い方を分かっていて傷つけたりしないからさ」

青い花の名前



ヤグルマギク。

その名を始めて知ったのは、幼いころに読んだシシリー・メアリー・バーカーの絵本『花の妖精』でした。薄紫の羽を付けた少年が右手で茎を支えながら花の下に立ち、どこか物憂げな表情でこちらも見つめている挿絵に惹き付けられ、彼に会うため何度も何度も同じページを開いて見たものです。

この本に収められた他の花々の記憶はないのですが、なぜかヤグルマギクの名前とイメージだけが脳裏にしっかりと刻み込まれ、「きっとこの花がそうにちがいない」と実際には違うことを薄々知りながらも、アザミの花をヤグルマギクと呼んだりしていました。

私だけでしょうか?
子供ってそういうクセがあるような気がします。どこかで本当は違うということを知っているのに、信じないフリをしながら、夢の世界に生きることができる。あっちとこっちをいったりきたり、できてしまう。

野原を駆け回り、揺れる花の下で妖精と出逢える年も過ぎ、絵本のこともとうに忘れてしまっていたころ、思わぬところで彼と再会しました。晴れ上がった土曜日の午後。病み上がりの痛む胃を押さえながら恋人と出かけたプロスペクトパークのファーマーズマーケットのバケツの中で、この世のものとは思われないほど高貴な美しさをたたえた、サファイヤのようにかがやく青い花が売られていたのです。
しかしまだ見た瞬間は、これがあの花だとは気づかず、ただただその焔が立つような青さに圧倒されていました。

「何か花をプレゼントするから、好きなのを選んでいいよ」
とささやく私の恋人。「女性はいつだって花をプレゼントされると嬉しいものだよね」
とまるで自分が花を贈られるかのようなはにかみっぷりに、こちらが照れくさくなりながら、マーケットを一周。鮮やかなゼラニウムから、可憐な野ユリ、ハーブの苗たちまでもが一斉に私を見つめはじめ、おかしな責任感にまたまた胃が痛くなりながら、でもやっぱり、その気になる青い花束を選びました。

購入時に花の名を聞くと、エプロンを付けた健康そうな血色のよい若い女性が
「コーンフラワー」
と答えました。コーンフラワーですって?
まったくもってミステリアスさに欠ける名前に、ちょっと意表をつかれた形になりました。

まるでターミネーターのように、あらゆる手段をつかって追い払ってもすぐに戻ってきてしまう胃痛と腹痛との戦いに疲れ果て、老婆のような歩みでのろのろと歩みを進めること30分。なんとか家にたどり着き、ガラクタだらけのキッチンの棚から花瓶やガラスのコップを引っ張り出して花を生け、腰掛け、一息ついた時に、花の名前がランプのようにパチンと「ついた」のです。

ヤグルマギク

まさかと思い辞書を引くと、英語名は「Cornflower」でした。
また紫を帯びた淡い青色は「cornflower blue」と呼ばれ、その青色の美しさから、最上級のブルーサファイアの色味のことも指すということです。

ケイト・ミドルトンさんは、故ダイアナ妃も着けたという巨大なサファイヤの婚約指輪をウィリアム王子からもらったそうですね。そんな因縁めいた重い枷のような輪っかより、一束数ドルの青い花束をあげる方が粋だったりしてね。

イギリス人絵本作家の描いた花に憧れた少女が、成長し、人生色々あった後、ニューヨークで暮らすようになり、そこで出会ったスペイン人の恋人から、長年夢見た花をプレゼントされた。ウウム、ロマンチックと胃炎(言えん)でもないと思った次第です。