2013年8月18日日曜日

電気シェーバービルの岸田さん

朝、マンハッタンとジャージーシティーをつなぐパストレインのジャージー側の玄関口、エクスチェンジ・プレイス駅からは、相当数の通勤客が溢れ出す。その人波はハドソン川沿いの遊歩道をわき目もふらず南に進み、全員、川沿いの同じビルに吸い込まれていく。ニュージャージー州で一番高いビル、ゴールドマン・サックス・タワーに。


高さ238メートル。遠くからみると往復式電気シェーバーか、固形のデオドラント剤を思わせるこのビルを設計したのは、 アルゼンチン人の建築家、 シーザー・ペリ。超高層ビルを得意とし、ワールドフィナンシャルセンターや、ニューヨーク近代美術館の増築などが有名で、日本でも愛宕グリーンヒルズ、日本橋三井タワーを手がけている。
わたしは毎朝この人波と逆行する形で同駅に向かう。すれ違う人のかなりの割合を占めるのがインド人。金融業界にインド人がどれほど多く進出しているのかをまざまざと見せつけられる。次いで白人、アジア系、黒人は非常に少ない。

その中にほぼ毎日目にする、アジア系の女性がいる。女優の岸田今日子によく似た顔の、50代前半とおぼしきその女性は、派手めのそこそこ金がかかっていそうな服に身を包み、きっと長い間あまりスタイルの変化をしてこなかったであろう、いや長年の間に濃さだけは増してきたかもしれないメークを顔に施しスタスタと歩いている。ある日すれ違ったとき、彼女が私が編集する日系新聞を手にしていたため、ほぼ100%日本人であることが判明。少しだけ親近感をおぼえ、それ以来、岸田さんと勝手に呼ぶことにした。

今日、はじめて同駅で会社帰りの岸田さんを見た。私がマンハッタンにいたのと同じ時間、彼女はジャージーシティーで仕事をしていたのだ。別にどうということではないが、親近感がさらに増し、心の中で「おつかれさまでした」と言ってみた。「お疲れさまでした、岸田さん」。

ゴールドマン・サックス・タワーで働く岸田さんは、どんな人生を経てここまできたのだろう?本名はなんと言うのだろう?電気シェーバービルで毎日何をしているのだろう?

男性社員のひげを剃っているのでは?いやいや、そんなわけがない。ランチはどこで食べるのだろう。せっせと毎朝弁当を作っていたりして。裏庭のチャボが産んだ卵を卵焼きにしているとか?チャポ?

いや実はそんなに深く興味があるわけではない。いろいろ妄想する対象ができて楽しいだけだ。

Stop & Frisk(職務質問)

ここ最近、ニューヨークの地元紙紙上を踊る「Stop & Frisk」(ストップアンドフリスク)という言葉がある。日本語に直すと「停止と捜検」。簡単に言うと職務質問のことだ。ニューヨーク市警察(NYPD)の「停止と捜検」が黒人とヒスパニック系(南米からの移民)に偏っていると問題になっているのだ。

 有り難いことに、私は今までNYPDの職務質問を受けたことがないが、路上で警官に囲まれ職務質問や身体検査をされている人を見たことは何回かある。確かに黒人かヒスパニック系がターゲットになっていること多かった。

  そして今月12日、マンハッタン区にあるニューヨーク南部地区連邦地方裁判所は、NYPDによる 「停止と捜検」の方法が、不法な捜索や押収(差し押さえ)を禁止する、合衆国憲法修正第4条(Fourth Amendment)に違反すると判断。「停止と捜検」の実施方法を確認する必要があるとし、警官の体にビデオカメラを装着し調査する、1年間の試験プログラムを導入するようNYPDに要求。同プログラム導入にかかる経費はすべて市の負担となる。つまり職務質問をする警官が人種差別をしていないか、警官の体につけたビデオカメラで撮影し、それを分析して判断しよう、ということだ。

 これにはマイケル・ブルームバーグ市長激怒。「警察の職務や憲法について理解していない裁判官による非常に危険な判断」であるとし、同プログラムの実施が市内の犯罪防止を妨げることになると激しく反発。まあそりゃ、そうだろうという反応だ。

 裁判では2004年1月から12年6月までの440万件の職務質問に関する統計が引用された。この統計によると職務質問対象者の52%が黒人、31%がヒスパニック、10%が白人だった。一方2010年の市内人種比率は黒人23%、ヒスパニック29%、白人33%。確かにこうしてみれば、職務質問の対象者に偏りがあると批判されても仕方がない。

 一方NYPDのレイモンド・ケリー本部長は、当局が行っている「停止と捜検」 が偏った人種に集中して行われているとの批判に対し、「強盗、銃撃、重窃盗などの凶悪犯罪を犯す加害者のうち、 70~75%がアフリカ系アメリカ人(黒人)。 現実に犯罪は有色人種のコミュニティーで起きている」と述べ、「停止と捜検」で尋問される52% が黒人であることは、犯罪加害者の割合に基づいている、と反論。ブルームバーグ市長も「停止と捜検」に対し、 近年の市内における犯罪率低下に貢献していると評価してきた。

 裁判官、当局および市長は、どちらもファクトや統計に基づき語っている。要はどちらの切り口に正当性を見いだすかということになる。NYPDからマークされにくいアジア系であることを有り難く思いつつ、犯罪を減らしてほしいとNYPDの仕事ぶりにより強い期待を寄せながら、人種差別的行為にはマイノリティーとして怒らずにはいられない。実際所持品など検査され、しょうもないマリファナ所持ごとき(マリファナ所持ぐらいだったら白人でもゴロゴロいます。念のため言っておきますが私は薬物はやりません)で引っ張られるのは、納得がいかないだろう。

 どこに自分の立ち位置を持っていくのか定めることは、とくに海外に暮らすと複雑になってくる。世間を知るほど、軸足をどこに置くべきかが分からなくなる。声高に分かりやすい正義を語る人ほど胡散臭い。でも何とか、正義らしきものを作って、人々からコンセンサスを得て、前に進んでいかないと歴史は紡げない。生きてくって何て面倒くさいことだろうと、心底思うのです。