2011年5月22日日曜日

青い花の名前



ヤグルマギク。

その名を始めて知ったのは、幼いころに読んだシシリー・メアリー・バーカーの絵本『花の妖精』でした。薄紫の羽を付けた少年が右手で茎を支えながら花の下に立ち、どこか物憂げな表情でこちらも見つめている挿絵に惹き付けられ、彼に会うため何度も何度も同じページを開いて見たものです。

この本に収められた他の花々の記憶はないのですが、なぜかヤグルマギクの名前とイメージだけが脳裏にしっかりと刻み込まれ、「きっとこの花がそうにちがいない」と実際には違うことを薄々知りながらも、アザミの花をヤグルマギクと呼んだりしていました。

私だけでしょうか?
子供ってそういうクセがあるような気がします。どこかで本当は違うということを知っているのに、信じないフリをしながら、夢の世界に生きることができる。あっちとこっちをいったりきたり、できてしまう。

野原を駆け回り、揺れる花の下で妖精と出逢える年も過ぎ、絵本のこともとうに忘れてしまっていたころ、思わぬところで彼と再会しました。晴れ上がった土曜日の午後。病み上がりの痛む胃を押さえながら恋人と出かけたプロスペクトパークのファーマーズマーケットのバケツの中で、この世のものとは思われないほど高貴な美しさをたたえた、サファイヤのようにかがやく青い花が売られていたのです。
しかしまだ見た瞬間は、これがあの花だとは気づかず、ただただその焔が立つような青さに圧倒されていました。

「何か花をプレゼントするから、好きなのを選んでいいよ」
とささやく私の恋人。「女性はいつだって花をプレゼントされると嬉しいものだよね」
とまるで自分が花を贈られるかのようなはにかみっぷりに、こちらが照れくさくなりながら、マーケットを一周。鮮やかなゼラニウムから、可憐な野ユリ、ハーブの苗たちまでもが一斉に私を見つめはじめ、おかしな責任感にまたまた胃が痛くなりながら、でもやっぱり、その気になる青い花束を選びました。

購入時に花の名を聞くと、エプロンを付けた健康そうな血色のよい若い女性が
「コーンフラワー」
と答えました。コーンフラワーですって?
まったくもってミステリアスさに欠ける名前に、ちょっと意表をつかれた形になりました。

まるでターミネーターのように、あらゆる手段をつかって追い払ってもすぐに戻ってきてしまう胃痛と腹痛との戦いに疲れ果て、老婆のような歩みでのろのろと歩みを進めること30分。なんとか家にたどり着き、ガラクタだらけのキッチンの棚から花瓶やガラスのコップを引っ張り出して花を生け、腰掛け、一息ついた時に、花の名前がランプのようにパチンと「ついた」のです。

ヤグルマギク

まさかと思い辞書を引くと、英語名は「Cornflower」でした。
また紫を帯びた淡い青色は「cornflower blue」と呼ばれ、その青色の美しさから、最上級のブルーサファイアの色味のことも指すということです。

ケイト・ミドルトンさんは、故ダイアナ妃も着けたという巨大なサファイヤの婚約指輪をウィリアム王子からもらったそうですね。そんな因縁めいた重い枷のような輪っかより、一束数ドルの青い花束をあげる方が粋だったりしてね。

イギリス人絵本作家の描いた花に憧れた少女が、成長し、人生色々あった後、ニューヨークで暮らすようになり、そこで出会ったスペイン人の恋人から、長年夢見た花をプレゼントされた。ウウム、ロマンチックと胃炎(言えん)でもないと思った次第です。

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