寿司カウンターで1人22オンスのビールを片手に、アングリータコロールをつまむ彼女。こうした一人で来る女性客は少なくない。1人でSUSHIをつまむ姿はなかなか洒落ている、のかもしれない。我がレストランで「本日のスペシャル」として提供されるアングリータコ、ダブルスパイシーツナロール、サングリアロールの巻寿司3品は、当分変更する予定はないようである。
恰幅の良い男性客が入ってきた。醸し出すオーラがやや鬱陶しい。迷わずカウンター席に行き、女性の隣に一つ席を空けて座る。
「今日は一日寿司が食べたかったんだよ。そのビール良いねえ。僕にも彼女と同じビールを。あとサーモンロールとツナロール(鉄火巻き)を。ちなみにこれそれぞれ何個なの? えっ? 6個ずつ! それは多すぎるなあ。食べられないかも」
なんということはない。ペロリと平らげ、追加で天ぷらも注文。このころには初対面であるはずの隣の席の女性ともすっかり打ち解け、自分の皿からタマネギの天ぷらを彼女にプレゼント。彼女もまんざらではない様子で、ビールを飲むペースをダウン。この際もう少し食べてくれないだろうかと彼女に注文を取りにいくが、ビールをゆっくり楽しみたいのと追い払われる。
男性はイタリア人だった。ビールを良く飲み、よく笑い、よく語り、彼女も楽しげに相槌を打っている。しかし寿司バーでの恋は結局燃え上がることはなかった。会話が切れた瞬間に彼女は訴えるような目で会計を促してきた。クレジットカードのサインをさらさらと済ませると「美味しかったわ。あなたと話せて楽しかった」と何事もなかったかのように、足早に去っていった。
肩すかしをくらったイタリア人は淋しさを紛らわすかのように
「スージーは実にナイスな女の子だったよ。そうだろう?」
と我々に同意を求めてくる。かなりの大声で。もちろん我々も笑顔で返す。彼女の名前はスージーだったのね。なかなかチャーミングだったのに。本日の狩猟失敗なり。なのかしら?
そわそわと居心地悪そうにする彼。カウンター脇のテーブルには家族連れが夕食を取っている。ハリーポッターの主人公にそっくりな少年は、カリフォルニアロール12個とご飯を注文。ご飯に醤油をドバドバかけながら、フォークも出してくれと。父親は握り寿司と日本酒、母親はベジタブル照り焼きセットを注文。
「昨日もここに来たのよ」と母親。「フィラデルフィアに来て一番清潔でマナーのいいレストランだわ」
イタリア人は次のターゲットをこの家族に決めたらしい。何を食べているのかいと息子に話しかけ、その後父親と意気投合。自分はイタリア人の俳優だと名乗る。スージーはその言葉にしばし時を許してしまったのかもしれない。
トラベラーズチェックで会計を済ませた家族。旅人だったのだろうか? 彼らも去り、再びイタリア人は居心地が悪そうなそぶりを見せる。存在感をアピールし過ぎて、その後の落ち着きどころを勝手に失っていく男。最後に注文した枝豆を平らげ、やっと店を出ることができた。
「美味しかった。いやあ素晴らしいレストランだったよ」
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