世の中には本当に色んな仕事があるものだと。今日はなんと声優デビューをしてまいりました。アニメや映画ではありませんよ。世界中で利用されることを目的とした開発中の薬を治験をする際に、担当医がコンピューターや電話から問い合わせをした時に流れる日本語テープの録音。なんと20カ国以上もの言語に録音しているとのこと。
ネイティブの日本人女性。素人であることが条件でひょんなところから依頼がきまして、当日までの全てのやり取りとメールで済ませてしまい、担当者に会うのも今日が初めて。途中何度もこれで全てが嘘だったらどうしようと不安になりました。まあ事前に日本語の原稿がメールで着ていたし、実在する研究所であることは分かったので思い切ってトライ。ただ場所が遠かった。久々に6時起きをして電車とタクシーでトータル1時間半。フィラデルフィアのかなり北の郊外の、もう野生のガチョウが群れをなして歩いている以外何もないところにドーンと大きな医療研究所が。たどり着けただけでほぼ目的は達成したような感じ。
恐ろしく静まり返った殺風景な白いオフィスで私を出迎えたのは、紫色のスーツに身を包んだスペイン系の女性。説明もそこそこに早速レコーディングをしましょうと連れて行かれたのは聴覚検査でもするようなガラスケースの中。箱の外のコンピューターの前に座った彼女が「Go」という度にマイクに向かって
「入力した被験者IDはあなたの治験実施施設で無効です」
「この層別で無作為化できる被験者の数が最大に達しました」
「盲検の解除をしたい薬剤の番号を入力してください」
という自分でも何を言っているのかさっぱり分からないセリフを吐き続けました。一番長かったのは
「このオプションを選択すると盲検は解除されます。被験者が受け取る治験薬の種類を知ることで、その被験者の治療に影響が出る場合にのみ、被験者の盲検の解除をおこなってください。IXRSを使用して盲検の解除をする前に、可能な限り治験依頼担当者に連絡をしてください。一度盲検が解除されるとこの被験者は次回からの薬の割り付けができなくなりますのでご留意ください」
まあよく噛まずに言えたものだと(笑)。相手も日本語が分からないのでもうちょっと高めの声で言ってという以外には何の指示もなく、再録音の希望はこちらからの自己申告のみ。大丈夫なのかこれで?もちろん最後に全部聞き直してチェックはしましたが、自分の声を聞くのはあまり気持ちの良いものではありませんね。
さらに続いて基本的な単語のみのレコーディング。ひたすら例の「Go」のあとに「0」から「100」までの数字を言う。「1000」、「10000」といった大きな単位。曜日を言う。時刻・秒数を言う。「#」「*」「スペース」「小数点の『.』」等々。そして部屋を変えて今度は別の担当者によるこれらの言葉の組み合わせのチェック。よく電話問い合わせで自動音声システムが回答する、あれのようなものです。空港のフライトインフォメーションを想像してみてください。
「お探しのフライトはノースウェスト、1、0、4、8便ですね」というように大きなケタの数字がブチブチと切れて発音される。ああ、こうやって言葉を組み合わせていたんだと。先ほど「千」とか「億」とだけ言わされたのがここに反映していたことが判明しました。
「587993829」が「ご おく はっせん ななひゃく きゅうじゅう きゅう まん さんぜん はっぴゃく にじゅう きゅう 」
細切れにされてむりやり再構成された私の声には、もうまったく人間らしさの欠片もありません。「意味」の重みを嫌うあまり構造や既存の価値観の破壊に走った現代芸術の、さらにその上をいく感じでした。
そして最後に「1st」「2nd」「3rd」といった序数を日本語ではどう表現するのかと聞かれ、まあ何を数えるかによるけど基本的には数字のあとに「番」(ばん)をつければ大丈夫と回答したところ、じゃあその「番」だけもう一回録音してきてと言われてしまいました。例のガラスケースに戻り一言
「ばん」
はい終了。まるで「ワン」と吠えているかのようで、しばらく笑いがとまりませんでした。休みなしで4時間ぶっつづけですよ。そして最後は「ばん」。
いやあ、いい勉強になりました。
帰りのタクシーを呼んでもらい駅についたら電車は1時間後。駅の周りにはレストランもカフェもなにもなく、ひらすら凍えながらひとりホームで電車待ちました。今夜はよく眠れそうです。それにしてもいったいどんな方が私の日本語ガイドを聞きながら治験に励まれるのでしょうね。
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