2008年12月9日火曜日

フィラデルフィアから見たオバマの勝利

 2008年11月27日発行 第0523号 論説
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■■■    日本国の研究           
■■■    不安との訣別/再生のカルテ
■■■                    編集長 猪瀬直樹
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 今週のメールマガジンは元猪瀬直樹事務所スタッフであり、フィラデルフィア在住、甲斐田雅子さんのレポートをお送りします。

 今月4日に投票が行われた米大統領選挙は、民主党候補のオバマ上院議員が共和党候補のマケイン上院議員に勝利し、米国初の黒人大統領が誕生することとなりました。

 1930年代以来の金融危機がオバマ氏勝利の決定打となったとも伝えられていますが、果して実際はいったいどんな人びとが、どんな思いをもってオバマ氏に投票したのでしょうか。

 雅子さんのレポートにはオバマ氏に投票した人々の生の声がつづられていました。熱狂する人びとの一方で、冷静に選挙戦をみつめる人もいる。ぜひ一読を。

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「フィラデルフィアから見たオバマの勝利」

                          甲斐田雅子


 アメリカ大統領選は民主党候補のバラク・オバマ(47歳)の勝利で終わった。狂喜する民衆の映像は日本でも流れたことだろう。黒人初の年若き大統領。昨今の金融危機をどう乗り切るのか、今後の日米関係はどうなるのか、などドラマティックに報道されたに違いない。

 長い長い選挙戦だった。連日報道されるオバマ、マケイン両候補の一挙手一投足。テレビコマーシャルによるネガティブキャンペーンの嵐。街角でもキャンペーン担当者に捕まり「選挙人登録は済ませたのか」と聞かれるなど(私には選挙権がない)かなりうんざりしていたので、正直なところ平穏な日々が戻ってきてホッとしている。メジャーリーグでのフィラデルフィア・フィリーズの28年ぶりの優勝、そしてこのオバマの勝利と、暴徒化した市民が深夜まで奇声を上げクラクションを鳴り響かせる日々が続いたので……。

 ただオバマの勝利とはいえ、その票差は53パーセント対47パーセントとアメリカ国民の約半数がマケインに票を投じていたことになる。ここペンシルベニア州では54.7パーセント対44.3パーセントでオバマが勝った。もともと東海岸は民主党が強いことで有名なので予想通りではあったのだが、私の住むフィラデルフィアの結果には目を疑った。なんと83パーセントもの有権者がオバマに票を投じていたのだ! 

 確かに街角でマケインのキャンペーンは一度として見る事がなかったし、オバマ支持を表明するTシャツやバッジを誇らしげに身につけた市民が闊歩し、皆口々に彼を褒めたたえていた。もはや政策云々ではなく、心情的理由が第一優先されているとしか思えない。選挙というよりは宗教に近いものすら感じた。

 だが、果たしてそうなのだろうか? 選挙権のないガイコクジンである私が冷ややかな目で見つめているだけでは何も分かった事にはならない。大手メディアの報道も日頃から偏りを感じている。なぜ83パーセントものフィラデルフィア市民がオバマに投票したのか。いったい何が彼らをそこまで駆り立てたのか。そこでささやかなアンケート調査を実施してみた。私に統計の知識はない。この調査結果はあくまで多少恣意的なチョイスによる街の声のサンプルとして受け止めていただきたい。

 アンケートはいたってシンプルなものだ。1.性別 2.年齢 3.人種 4.どちらの候補に投票したのか? 5.その理由 6.フィラデルフィアでオバマが大勝した理由はなにか 7.逆にマケインが大敗した理由はなにか。5、6、7はあらかじめ一般的に言われていることを元に選択肢を用意しておいた。対象となったのは私の友人や英会話の教師。さらに彼らの知人、家族ら38名。男性22名、女性16名。人種別には白人29名(うちユダヤ系4名)。黒人6名、アジア系アメリカ人3名。今回初めて選挙権を得た18歳の青年から70代後半のシニア世代
まで手を広げたが、一番回答が多かったのは20代から30代の若者たち。

 多少恣意的と先ほど言ったが、まず日本人である私を友人として受け入れてくれている時点で語学学習や、オリエンタル文化、アニメの世界などに興味津々の知的好奇心溢れる若者たちなのだ。あるいは移民に英語を教える講師たち。アメリカ以外の国の人々と共同研究やディスカッションをする科学者たち。彼らをアメリカ人の代表とすることはできないが、全米第6位の大都市フィラデルフィアでは良識ある一般市民の枠に入れてもよいだろう。決して豊かではないが日々の生活には困っていない。投資型年金の受給額に頭を悩ませたり、サ
ブプライムローンで首が回らなくなったりしているわけでもない。その辺りを考慮に入れて以下の結果を見てみよう。

 38人のうちオバマに投票したのは35名。マケインに投票したのは1名。その他2名。マケインに投票したのは70代の白人の男性のみだった。彼とは面識がない。地元でマケインのキャンペーンの指揮を取っていた責任者だと聞いている。

 オバマを選んだ理由。複数回答を可としたので全てに印をつけてくる人もいたが、中でもダントツに多かったのが「これ以上共和党に政権を握らせたくないから」というもの。次いで「マケインの政策に同意できないから」と「ミドルクラスを対象にした減税プランに賛同できるから」が並び、経済不況を立て直すことへの期待はその次となっていた。

 フィラデルフィアでオバマが大勝した理由。そしてマケインが負けた理由。これは面白いほど回答が一致していた。「フィラデルフィア市民は社会的かつ人種的にもオバマに共感を抱いているから」。つまりフィラデルフィアは黒人の街だからということだ。確かに2000年の国勢調査によると、黒人人口の高い街ランキングでフィラデルフィアはニューヨーク、シカゴ、デトロイトに次いで4位に位置する。そして次いで「フィラデルフィアはそもそも民主党が強い地域だから」。

 ただ先ほど触れたようにペンシルベニア州全体の結果は54.7パーセント対44.3パーセントと僅差だ。これは郊外に住む根強い保守派がマケインを支持したからだ。州内の67選挙区のうちオバマが勝利したのは18地域のみ。共和党の党カラーの赤、民主党の青で塗り分けされた地図を一見するとまるでマケインが勝ったかのように真っ赤である。「白人に投票しよう!」という看板を表に出している家もあったと聞く。

 オバマのキャッチコピーは「CHANGE」だった。これは日本でいうところの「構造改革」に近い響きだったに違いない。すとんと国民の胸に落ちた。「古い自民党をぶっ壊す」と叫んだ小泉元首相の顔が浮かぶ。8年間のブッシュ政権への怒りがたまった都市生活者たちや、未だ社会的地位が低い多くの黒人たちのルサンチマンが一気に爆発した結果ともいえよう。

 またもう一つのキャッチコピー「YES WE CAN」も強い言葉だった。日本では誰かの相談に乗り励ましたい時など「頑張って」というが、英語では「You can do it」と言う。「頑張って」がどことなく対象から距離を置いて遠くから応援している印象を与えるのに対し、目を見て「You can do it」と言われると「あなたならできる」と強いパワーをもらったような気になる。「YES WE CAN」が響いたのも言葉に宿る力をオバマが上手に使い、それによって人々が奮い立ったからだろう。

 今回初めて投票権を得た18歳の黒人の青年が興奮したメールを送ってきた。「オバマが次期大統領になった瞬間のインパクトはすごかったよ。これは初の黒人大統領による新たなアメリカの幕開けだね。今やすべての人種の人びとが言うことができる。『私も大統領になれるんだ』って。」

 ただ同じくオバマに投票した30代の黒人男性はもう少し冷静だった。
 
「この選挙は最初から不公平だったよ。だって全てのメディアがオバマを応援していたんだから。どのチャンネルでもオバマがいかに素晴らしいか、彼の政策がこうだということしか放送していなかった。マケインのプランなんて結局よく分からないままだったよ。だから郊外の共和党支持者はテレビなんか見ていなかったんじゃないかな。彼らは最初からマケインに投票するって決めていたんだよ」

 彼は日頃から政治が嫌いだと言っている。政治家はみんな嘘つきだから嫌いだと。しかし投票にはちゃんと足を運んでいた。そして彼が放った以下の言葉は痛みすら感じるものだった。

「1年くらい前に、テレビでなぜテロリストたちは罪のないアメリカ人を殺すのかという特集を見たんだよ。中東のとある大学教授がインタビューを受けていて、彼によるとアメリカ人が彼らのリーダーに投票した以上、もしそのリーダーが間違いを犯したら同じ責任を負わなければならない。それゆえ“無実な”アメリカ人を殺してもオーケーなんだと。その考え方はあまりにも強烈だった。でも投票した人たちが、彼らの選んだ大統領が間違いを犯した時に責任を少しでも感じるかどうかは疑わしいね。僕はオバマに投票した。だからオバマが過ちを犯したら、僕にも小さい責任があると思っているよ」

☆上記の記事は作家の猪瀬直樹が毎週発行しているメールマガジンから、2008年11月27日号として配信されたものの転載です。彼のメールマガジンの配信を希望されるかたはこちらから。
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