2008年7月21日月曜日

世界一大きなパイプオルガン




「Macy's」というデパートがあります。ニューヨークにあるのが観光客には有名かもしれませんが、フィラデルフィアのセンターシティにもあります。ただこちらの「Macy's」はもともと「John Wanamaker building」で、2006年にMacy'sに買い取られました。ビルの外壁にはまだその名が刻まれています。

「John Wanamaker building」はその名の通りJohn Wanamaker (ジョン・ワナメーカー/1838〜1922)が1911年にオープンしたフィラデルフィアで一番最初の、アメリカ国内でも初めてのデパートの一つ。ワナメーカー氏は小売業で大成功を収め、デパート王としてその名を轟かせました。

この今はMacy'sという名の建物は、シカゴの建築家Daniel H. Burnhamが設計。荘厳なフィレンツェ様式で、花崗岩製の壁の重厚長大さと内装の美しさに息をのみます。そしてなんと言っても頭上に君臨する世界一大きいというパイプオルガンが圧巻。通称「The Wanamaker Grand Organ」は1904年にロサンゼルスオルガンカンパニーによって作られました。10,000個以上のパイプ、当時の価格にして$105,000。この偉業が逆にたたり、会社は倒産。1909年にワナメーカー氏によって買い取られ、13台の貨物車を使ってフィラデルフィアに運び込まれ、セッティングが完了するまで2年。さらにパイプを追加に追加を重ね現在では28,482個のパイプで演奏されています。総重量は287トン。

そう、このパイプオルガンはたんなる装飾品としてではなく、日曜日以外は毎日正午と夕方に無料のコンサートが開催される「生きた世界一大きいパイプオルガン」なのです。平日の昼間からデパートで買い物をしながら、豊かなパイプオルガンの音色を楽しむ、こんな贅沢があるでしょうか。

昨日は時間があったので思い立ち、カメラを持って我が家から10分くらいのこのパイプオルガンに会いにいってきました。今までも偶然に時間帯が重なって聞いたことはあったのですが、鑑賞目的で出向くのは初めて。背中のまがった老人が2階のコンソール席に現れ、正午ちょうどにコンサートはスタート。買い物客、マネキン、様々な商品の頭上に高らかに神の歌声が響き広がります。デパートというより教会にいる気分。高い天井にのび上がるふくよかな音色は決して威圧的ではなく、シチュー鍋からたちのぼる香り豊かな湯気のよう。時としてパイプオルガンは圧迫感を持ってモンスターのように挑んでくるのですが、ここのオルガンはあの小さな老人オルガニストの腕が良いのかもしれませんが、実に心地よく、文字通り天にも昇るような幸せを感じました。

私の隣で同じように聞き惚れていた初老の白人女性が話しかけてきます。
「私このパイプオルガンが聞きたくてニュージャージーから往復3時間以上かけてバスでくるのよ。フィラデルフィアで生まれ育ったから懐かしくって。今日の演奏は本当に素晴らしい。いままでこんなに美しい演奏は聴いたことがないわ。曲目を知りたいの。あなた知っている曲あった?」
ドビュッシーの「月の光」と、バッハのフーガが演奏されたのは分かりましたが、それ以外は分かりません。演奏終了後にそのサンディーという女性と二人、コンソール席に駆け寄りオルガニストに質問。ところがなんとオルガニストが言うには

「今日はわたしはちょっとどうかしていたんだ。途中で間違えて焦ってしまい何を弾いたか覚えていない」

そんな馬鹿なと思いましたが、実にすまなそうに覚えていないと繰り返すばかり。サンディーはめげずに
「最初に演奏した曲だけでも思い出せない?あの曲初めて聞いたの。とても長くて美しいすばらしい演奏だったわ」
「ああ、あれかい。途中で間違えて思い出せなくなって自分で適当にその場で作曲して弾いたんだよ」

笑いをこらえるのに必死でした。でも即興で弾けるというのですから素晴らしい。彼は普段は月曜日のみ弾いていて、今日は臨時で急に頼まれたとのこと。びくびくしている彼をとっつかまえて根掘り葉掘り聞いたのですが、私の英語はさっぱり通じず、サンディーが通訳代わりになってくれました。彼は少年のころからパイプオルガンの教育をうけ、ニューヨーク州ロチェスターにあるイーストマン音楽学校(Eastman School of Music)を卒業したとのこと。名門校です。特にコンサートや教会で弾いているという情報は教えてくれませんでした。

そして私が日本人だと知ると目を丸くして、なんでここにいるの?と。あと日本にはパイプオルガンが何台あるのか、と逆に色々と聞かれてしまいました。もちろん知りません。そう答えるとちょっとがっかりしたように肩を落とされてしまいました。わざわざ日本から聞きにきたパイプオルガニストと思ったのかしら?

手持ちのデジカメのビデオ機能で録画したドビュッシーのベルガマスク組曲より 「月の光」。パイプオルガンバージョンは初めてでした。途中までですがよろしければ、他の映像と合わせて、右横の「Youtube」の映像でご覧ください。

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