2008年7月1日火曜日

「エシュリック邸」と「母の家」






渡米以来の夢だった、現代建築の2大巨匠、ルイス・カーンの「Esherick House」(エシュリック邸)と、ロバート・ヴェンチューリの「Vanna Venturi House」(母の家)をやっと、やっと、見にいくことができた。

フィラデルフィア郊外の閑静な高級住宅街、Chesnut Hill。
R8の電車で終点の一個手前の「Highland」に降り立つと、オレンジ色の胸をした鳥たちのにぎやかなコーラスと、冬の木立をかき鳴らす風の竪琴の歓迎を受ける。

駅から徒歩数分。
隣接して建つこの趣向の異なる傑作を目にしようと足並みはどんどんと早くなる。
通りがかった老人に道を訪ねると

「有名な建築なんでしょう。エシュリック邸の方には私の友人が住んでいるよ。私はここの生まれ育ちでね、外科医をしているんだ」

と静かに微笑み、親切に両方の建築の前まで案内してくれた。


『エシュリック邸』
明るい砂色の壁に、カプセルのように埋め込まれた茶褐色の木枠と広い窓。

個人宅というのが理由かもしれないが、今まで私が抱いていたルイス・カーンのいわゆるモダニズム的、禁欲的な構造美の追求という固定観念を見事に打ち砕いてくれる、衝撃的な出会いだった。

裏庭に面した壁の一部とも言える広い窓が、空と自然を取り込み、溶かし込み、放出する。
静態である建築空間に動揺を誘う風の揺らぎ。
木々のささやき。
遠い雲の影。
外部と内部がクラインの壷のように永遠に巡る。


『母の家』。
この色は「水浅葱」というのだろうか?「湊鼠」というのだろうか?
いやきっとそのどちらでもない色に、多分最近塗りなおされたであろうのっぺりとした顔を持った家は、郊外の住宅街の中でひっそりと目立っていた。
窓から覗くと、彫刻のような老人の横顔がかすかに動いた。

ロバート・ヴェンチューリはルイス・カーンのもとで学んだポストモダンの建築家、現在もフィラデルフィアに事務所を構え活躍している。
モダン建築を否定した彼の代表作言われるのが、母の為につくったその名も「母の家」。

コンクリート造にもかかわらず近代建築が忌避した、切妻形という「家」を象徴するファサードを大胆にも採用したところにこの建築の歴史的意味がある。のだそうだ。


神への賛美であったり、哲学の具現であったり、人間性の復古であったり、自然との共生であったり。
意味を追い、空間を創造し、そしてそれを否定する
建築の果てない戦い。

この二つの建築もいずれ古典になる。いやもうその価値を否定されない以上「古典」なのかもしれない。

私はただ、そこに人が住み、郊外の美しい風景の中にこれらの「家」が生きて呼吸をしているという事実が嬉しかった。

家とはその「意匠」とやらを額に入れて飾るのものではなく、住むところだから。



注)この日記は2008年02月08日にmixiに書いたもののアーカイブとしてブログへ転用しました

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