2009年8月18日火曜日

飛び込み営業

I am looking for a job.

開店準備中のレストランのドアを開けて入ってきた青年はそう言いました。ごしごしと醤油臭いテーブルを拭いていたわたしは、聞き間違えかと思い振り返ります。ずんぐりとした短身に浅黒い肌、キャップの下からはみ出す真っ黒な髪に四角い顔。まぎれもなくメキシカンです。

I am looking for a job.

彼は再度はっきりとした口調で言いました。リスを思わせるつぶらな黒い瞳と、切羽詰まったセリフにそぐわない柔和な微笑みに、私の戸惑いはいっそう濃くなりました。

こういったメキシカンの移民たちは、キッチンシェフや皿洗いといったあまり人目のつかない現場で働いているのです。最近はフィラデルフィアでもだいぶ見るようになりました。不法移民に違いありませんが、この国を支える安い労働力であることも否定できません。国が激しい摘発をしない背景には、互いに持ちつ持たれつの関係があるからなのではないでしょうか? 彼もアメリカに飛び込んできたものの、仕事の当てがなくこうして飛び込み営業を繰り返しているのかもしれません。

私はなんと返したら良いか分からず、もごもごと「ちょっと待ってね」と言うと、もう1人のウェイトレスDを呼びに奥へ逃げてしまいました。エプロンで手を拭きながら現れたDに、彼は全く同じトーンで

I am looking for a job.

「ああ、今新規では雇っていないんだ。どこの国からきたの?」
「メキシコ」
「そうかあ、本当にゴメンね」
移民という立場では同じインドネシア人のDの対応は、どことなく申し訳なさげな優しさが滲んでいました。
「じゃあいいや。有難う」

青年は特にがっかりした様子も見せず去っていきました。この通りにはまだ何軒か他にもレストランがあるので、あまり遠くまでいかないうちに見つけられますように、と背中に向かって祈っておきました。

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