

小雨の降る夜、キッチン用品や手作りソーセージが揃うこじゃれた「ブルックリン・キッチン」に、女性向けの素敵なクッキングクラスがないかと取材に来た私の淡い期待は、見事に裏切られた。
電話で何回も確認はしたのだけれど。
「その場で切った肉を、この部位はこういった調理法がいいと教えてくれるのよね。そこで調理したものを参加者は食べられるの?」
「うーん、そうね。たぶん…。まあ参加している人たちはいつも何か食べているわ」
「切った肉は持ち帰れるの?」
「その肉はだめだけど、受講料のうち20ドル分は店内の商品が買えるクレジットよ。あのさあ、私ベジタリアンだからよく分からないのよ」。
と、怪しさ満点ではあったが、どうしても見ておきたいという誘惑には勝てなかったのだ。
精肉台に横たえられた、首のない半身の豚。
マイケル・ムーアを彷彿とさせる、小太りでメガネのブッチャーは、缶からビールをグビグビ飲んでおり上機嫌だ。
この「豚の解体クラス」に参加するのは、同じく缶ビールを持った5人の男性。うち二人はレストラン経営者とのこと。他に大型のビデオを回している男性が1人、カメラを構えている女性が二人。このあたりは関係者だろう。
ブッチャーは大いに語る。信頼のおける良い農場から仕入れた良質な豚肉が、どんなに素晴らしいか。そしてビールを飲む。時折肉包丁を腰につけた磨ぎ棒でシャッシャッと研ぐ。そろそろ切り始めるかを客は固唾をのむが、まだまだブッチャーはしゃべり足りないらしい。
ようやく長い前座が終わり、まず切り取ったのがちょこんとついていた腎臓。それから脂肪分。ヒレ、ローイン、足、バラ肉…。さまざまなナイフを使い分け、器用に切り分けていく。
「この部分はソーセージにいいんだ」、「後ろ足の部分は生ハムにするんだ。このブラウンシュガーと塩を混ぜたものをまぶすんだぜ」などと、なかなか講義内容も充実してきた。シェフの客はしっかりメモを取っている。途中、助手が隣のキッチンで自家製ソーセージやもも肉を炒め、まな板に乗せて運んで来てくれる。いい香りだ。オトコたちは争うように指でつまんで、口に放り込んでいく。ビールのつまみにはぴったりだろう。私も1つもらう。上質な脂の香りが舌に溶け、実にうまかった。
肩肉を切り離すと、別のブッチャーがバットを取り出した。そう野球のバット。それで肉を叩いていく。こうすることで肉が柔らかくなり、肉に残った血液も出してしまえるのだとか。細かい肉片が飛んできて、間一髪でかわした。
最後に解体した豚の部位を全て元通りに組み合わせ、拍手。2時間に渡る「豚の解体クラス」は終了。観客はほろ酔い顔で口々に「楽しかったぜ」と言いながら帰っていった。
途中、脳みそをフル回転して、このクラスをどうNYで楽しめる日本人女性向けのおケイコページに紹介するか考えたが、結局やめることにした。昨年はインド舞踊や、ガラスモザイクのお教室や、裁縫クラスを紹介したコーナーに、今年は「豚の解体クラス」を載せるというのはやはりおかしいだろう。という、多分しごくまっとうな結論に達したためである。