2010年2月21日日曜日

グッゲンハイム美術館で語る



グッゲンハイム美術館が好きです。ニューヨークで最も美しい建築だと、私は思っています。見つめているだけでも幸せですが、中に入り包み込まれる感覚に酔いながら、らせん状のスロープをゆっくりと上がっていくと、昇天するかのような深い快楽に身も心もしびれます。

先週末、久しぶりに会いたくなり、吸い寄せらるように足を運びました。
入り口前にはチケット待ちの長い列。しばらく入れないだろうと覚悟して並んでいたら、若い男性が近寄ってきてチケットをくれました。そのまま入り口に行けば入れるからと。半信半疑で列を離れ、受付の人に見せるとすんなりと中へ入れてくれるではありませんか。

驚いたことに中には全く展示物がありませんでした。いや正確に言うならば、脇の小部屋のギャラリーには、常設展と企画展が別世界のように開催されていましたが、スロープ状の坂を登りながら見学する展示スペースには何もなかったのです。

吹き抜けの天井から差し込む光が柔らかい、一階フロアの中央では、非常にスローに愛し合う男女がパフォーマンス中。ゆっくりとゆっくりとお互い抱きしめ合い、キスをして、まさぐりあい。衣服は着用していましたが、いつそのまま脱ぎ始めてもおかしくない愛の営みが繰り広げられていました。

とりあえず上を目指そうとスロープへ向かったところ、小学校低学年くらいの少年が声をかけてきました。
「僕についてきて」
不思議の国のアリスのようだわと思いながら、いいわよとついて行くと突然
「君にとってimprovementってなに?」
と非常に抽象的な質問が飛んでくるではありませんか? そんなこと急に言われても答えられないわと返したのですが、まっすぐな瞳で再び、
「ねえ、improvementってなんなの?」
しかたがないので、
「私はアメリカ人じゃないのよ。日本人なのね。だから私にとって英語が上達したらそれはimprovementかもしれない。それはむしろachievementかしら?」
と答えながら一緒に歩いて行くと、突然20代とおぼしき、哲学的な悩みを瞳にたたえた青年がでてきて、少年とバトンタッチ。少年は「この人とimprovementとachievementについて話した」と告げ、去っていきます。

青年はその後を引き継ぎ話を続けます。
「君は日本人なんだよね。日本というのは、技術におけるachievementはおおいに達成した国だと思う。でも文化についてはどうかな?」
こうなってくると私の英語力では、さらに突然振られた質問ですから、答えようもありません。だいたい何がここで起こっているのかさっぱり分からず、上手く答えられないまま彼の持論を聞きながら一緒に歩き、しばらく進むと今度は初老の女性が登場。そしてバトンタッチ。

さすがに我慢ができなくなり、彼女に聞きました。
「いったいこれは何なの? 何で色んな人が話しかけてくるの?」
彼女は言いました。
「これは美術館で語りながら歩こうという企画なのよ」
…。
そうでしたか。キュレーターか、あるいはボランティアが集まり、何も知らずに訪れた客をつかまえて突如謎かけのような質問をふる、そういう企画なんですね。

彼女は「今までどこの国を訪ねたことがある?」と比較的答えやすい質問をしてきます。ドイツ、イタリア、アメリカ、香港くらいかしら。「アジアの国はもっと行ってみたい?」「そうね。でも私は欧米の方が好きかも」「なぜ」「なぜかしら?」

最後に穏やかな微笑みを浮かべて近づいてきたのは、ベン・バーナンキ似の老人。
「1つ素敵な話を聞かせてあげよう。ある村にね一人の女性がいたんだ。彼女はキルト作品を作るのが得意でね。あるとき非常に良い作品ができたから、彼女の回りの人たちが、村から30マイル離れた場所で開催されるフェアに出品することを勧めたんだ。馬車に乗ってね、彼女は30マイルの旅をした。キルトは好評だったよ。でも、彼女にとってそれが一生でたった1回の旅だったんだ。それ以前も、それ以降も彼女は小さな村を1回も出ずに一生を送った。彼女の知っている世界というのは、たった数十人だけだったんだよ。この話を聞いてどう思うかい?」
「どうかしら、私には非常に不幸な話に聞こえるけど。もっと私は他の世界を知りたいし、世界に出て行きたいわ」
「そうだね。そう思う人もいるかもしれない。でも、彼女は本当に幸せだったんだよ」
と、そこまで彼が語ったところで美術館の頂上までたどり着きました。彼は微笑み
「君と話せて楽しかった」
と握手をして去っていきました。狐につままれたような感覚が解け、我に返ると、私以外にも多くの人々が、同じように突然話しかけられ、歩きながら話させられるというこの、一風変わった企画に取り込まれていました。
一定の時間と空間を他者と共有し、話すこと自体が展示。参加することで自分も作品になる、ということなのかもしれません。

スロープを下っていく間は、誰にも話しかけられませんでした。私に話しかけた人たちが他の人と話しているのを脇目に、ゆっくりと滑るように降りてきました。ちょっとネタバレ感があるのが玉に傷ですが、日本の美術館では味わえない面白い時間でした。

ただ私は美術館へは一人で行き、誰にも話しかけられない方が好きですね。私は建築と、作品と、作家と、一対一で向かい合いたい。

雪が積もったセントラルパークに寄り道をしながら、帰途につきました。スキーをしている人がいましたよ。

2 件のコメント:

Unknown さんのコメント...

不思議の国のアリス体験おめでとうございます。面白い企画ですね。日本の美術館に女性が一人入館して、小学生が話かけてきて・・そういったシチュエーションが想像できないのですが、NYでの話としてきかされると、映画の冒頭のシーンの様で、すっとイメージできてしまうのが不思議です。僕が勝手にワクワクできる場所と勝手にイメージしているせいかもしれません。ただ今の僕の英語力では話しかけられても???で終わってしまうのでしょう。勿体ない。語学力つけなきゃ。

そうですか、2月も下旬だと言うのにセントラルパークでスキーですか。まだNYは寒いのでしょうね。今日は一風堂のランチにします。ランチは+100円で小ライスと餃子付きです。・・・日本人、九州人、博多っ子という自分自身の軸(Identity)を確立しながら、どこまで翼を広げられるか?僕も頑張ります。

日本国内は新潟は雪だそうです。博多は晴れ。

甲斐田雅子 Masako Kaida さんのコメント...

hirofumiさん
いつもコメント有り難うございます。
非常に刺激的な体験となりました。
こういう”遊び心”が大切ですよね。本当に。
ラーメン、楽しんできて下さい。こっちでは16ドルとか17ドルとかして、高級食です。一風堂のラーメンは。