クイーンズからブルックリンへ引っ越し、日々の生活に何よりも大きな影響を与えたのが、マンハッタンブリッジの存在だ。通勤に使う地下鉄Qライン、Bライン共にこの橋の上を渡る。以前使っていた地下鉄Rラインは、イーストリバーの下を通っていたので、マンハッタンの職場近くの駅からクイーンズのアパートまで、一度たりとも日の光を見ることがなかった。
朝、手元の本に陽光が落ちて眩しさに顔を上げると、電車はすでに橋を渡りはじめている。乗客の頬や瞳にも安堵と明るさが宿る。毎朝のことだが心が和む瞬間だ。隣のブルックリンブリッジの向こうに、今日も自由の女神がお目見えする。私の座高がちょうどいいのかもしれないが、座っていると自由の女神がちょこんとブルックリンブリッジの上に乗り、まるで橋を嫌々後退しながらマンハッタンに通勤するかのようで、おかしい。
夜は逆だ。摩天楼の輝きをバックに、漆黒の川を渡り、家路につく。自由の女神が十分に見える明るさのときはもちろん、彼女もいそいそとブルックリンブリッジを渡り、ブルックリンへ入っていく。彼女も私も実はブルックリンっ子。マンハッタンはお勤めする場所、ぬくもりのある我が家はブルックリンにあるのだ。
電車が橋を渡り始め、携帯電話の電波が入るようになると同時に、毎晩同じテキストメッセージを家で待つ恋人に打つ。
I'm crossing the bridge!
返信はなく、電車はすぐに橋を渡り終え、また地下に入ってしまう。それでもいいのだ。最寄りの駅につくと、あのキラキラ光る黒い瞳が、改札の向こうで私を待っている。キスの嵐と激しい抱擁が済むと、「またこんなに重い荷物を持って」といいながら、私のバッグを受け取り、二人で肩を並べて家まで歩く。「ご飯何にしようね」と言いながら。
こっちの世界とあっちの世界をつなぐ橋。橋を渡り終えられることに毎日感謝する。きっと私が家にいる間、自由の女神も掲げた右手のたいまつをおろし、彼女自身の自由を満喫しているに違いない、そう想像するのもまた、楽しい。
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