2015年6月5日金曜日

ターナー島発見

The scenery reminds me J.M.W. Turner's artwork.

あの塔を見給え、閉じた傘と思えばターナーの松に見えないでもないじゃないか。

ここで一句「初夏の暮れ、塔に潮満つ、マンハッタン」。
一応オリジナルは「秋晴や 松に潮こす 四十島」(正岡子規)

2015年6月1日月曜日

マンハッタンを掌に

Come to Jersey City if you want to grab Manhattan in your hands.

マンハッタン定点観測。ビールを飲みながら対岸のジャージーシティーのバーから見とれているうちに、とっぷりと日が暮れてしまいました。

マンハッタンは少し離れて、ハドソン川越しに見る方が綺麗です。掌に収まる、従順なスカイスクレーパーが得られます。

スペインの家庭料理

Tasty dishes are colorful.Chard with béchamel sauce Spanish style, sauteed dandelion greens and jamon iberico as usual.

ジャガイモとチャードを茹で、オリーブオイル、ニンニク、ベーコン、松の実と炒め合わせ、ベシャメルソースをたっぷりかけた、夫が祖母から教えてもらったというサンチェス家に伝わる家庭料理。

近所のファーマーズマーケットで購入したタンポポの若葉は、茹でたあと、ニンニク、唐辛子、オリーブオイルで炒めてみました。苦みがいい感じ。醤油、鰹節あたりと和えてもいけるかも。

そしておなじみハモンイベリコ。そろそろ脚一本食べ終わりそうです。

アロス・カルドソ・コン・ボガバンテ

This is not paella. It is "arroz caldoso con bogavante" or "soupy rice with lobster" cooked by Antonio Sanchez .
今日のランチはパエリア、ではなく「アロス・カルドソ・コン・ボガバンテ」。アロスはrice、カルドソはsoupy、コンはwith、ボガバンテはlobster。
どちらかというと、ロプスターの頭と貝からとったたっぷりのスープで調理した、柔らかめの炊き込みご飯か、おじやに近い感じ。イカ、ムール貝、トマト、サフランなどの他、市販の海水(sea water)を使ったのがミソだとか。
パエリアより優しく、ふんわりとした味と食感でした。夫によると誰に教わったのでもない、オリジナルレシピだそうです。お供はイタリアの白ワイン、ピノグリージオ。夫よ、いつも有り難う。

2015年3月5日木曜日

多様性 および生命体としての街について

お元気ですか?東京は梅や桃の花の季節なのでしょうね?
ニューヨークは2月20日にセントラルパークで-14.4℃が観測され、1950年の-13.8℃の記録を65年ぶりに更新したとのこと。我が家の周りはまだ雪で覆われており、連日スノーブーツで通勤しています。

さて、今回のテーマは「ダイバーシティー」(diversity)について。ニューヨークで非常によく聞く単語の一つで、「多様性」、特に民族・人種・宗教の多様性という意味で使われることが多いです。

それを象徴するようなニュースがこちら。
ニューヨーク市のビル・デブラシオ市長は3月4日、ブルックリン区の公立学校で会見を開き、公立学校の休日にイスラム教の祭日を2日加えると発表しました。

この休日は今年9月に始まる学年度から適用され、同月24日が、預言者イブラーヒームが息子を神への犠牲として捧げようとしたこと記念するイド・アル=アドハーの祝日で休みとなります。

またラマダーンの終了を祝うイド・アル=フィトルも休みとなるそうですが、来年の夏からスタートするためか、具体的な日付は明らかになっていないようです。市長は「(この決定は)市の多様性に対する敬意の表れ」とコメントしていました。

ニューヨークはイスラム教徒の人口が非常に多く、あるニュース記事によると60万人〜100万人はいるとされており、学校に通う児童の10%がイスラム教徒とのことです。

市長のこういった会見は、いかにもといった場所で開かれることが多いのですが、今回の会見が開かれたブルックリン区の学校は、前回のイド・アル=アドハーの日に全校生徒の36%が休んでいたということ。つまりイスラム教徒が多く住むエリアへ敢えて出向き、「お宅のお子さんは今後、正々堂々と公休日として宗教的祭日を祝うことが出来るのですよ」とアピールしているわけですね。

ニューヨーク市の公立学校の休みって、そもそも何があるのだろうと調べたところ、7月、8月の大型休暇、サンクスギビングデー、メモリアルデーといった国をあげての祝日以外に、ユダヤ暦の新年祭「ローシュ・ハッシャーナー」、ユダヤ教の贖罪の日「ヨム・キプル」(どちらの9月)というのが目に飛び込んできました。さすがユダヤ教徒の多いニューヨーク。

少し脱線しますが、化学者の夫がブルックリン大学で教えていたときも、大学がユダヤ教徒の居住区の近くにあるため、かれらの休みを尊重しなくてはいけなかったそうです。たとえば「いついつまでにレポートを提出して」と伝えると、「せんせー、それユダヤ教の休みとかぶっているんですけどー」というような反応が返ってきて、締め切りの変更を強いられ、ふつふつと怒りが湧いたそうです。政治的力の差を感じます。

公立学校の休みに話を戻しますと、公民権運動の指導者として知られるキング牧師の功績を称える、その名もマーティン・ルーサー・キング・ジュニア・デー(1月の第3月曜日)も入っていました。これは外せませんね。

さらにまだ実現はしていませんが、市長が実現に向けて働きかけていると明言しているのが、英語でチャイニーズニューイヤーと呼ばれる、いわゆる旧正月。マンハッタンやクイーンズ区にあるチャイナタウンでは毎年、町をあげて2月の旧正月を祝うため、ニューヨークの風物詩の一つになっていますが、なぜこの日を公立学校の休みにする必要があるのか?
それは、それだけ移民が多い、つまり学校に通う中華系の子供が多く、さらに二世、三世が政治家になったり、事業で成功するなどして、政治的な発言力を持つようになっているからだと推測されます。

まあ、私たち日本人はこの町ではマイノリティーですし、政治的に働きかけて権利を主張する人も特にいませんし、ほとんどの人が選挙権を持っていない(つまり票田にならない)生き物ですので、日本の祝日が公立学校の休日になる日は来ないでしょう。

逆に少子化の深刻化が叫ばれている割には、移民政策をしているようには全く見えない日本政府ですが、いずれはこういった形で、移民として日本に来てくれたアジア諸国やブラジルなどの祭日を、学校や国民、あるいは市町村の休日に取り入れるような柔軟さがでてくるのかなあ、と考えています。そうしないと、国としての未来がないとすら思えるのです。

生物学者で作家の福岡伸一さんは、生命とは何かという問いに対し、「動的平衡」(絶え間なく壊される秩序)というキーワードを使った回答を、鮮やかに展開してくれます。

手元にある彼の著書『生物と無生物のあいだ』と『動的平衡』から要約すると、わたしたち生命体を構成する分子は高速で入れ替わっており、生命体というのは、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかなく、常に分子を外部から与えないと、出ていく分子との収支が合わなくなる。

生命とは動的平衡にあるシステム。可変的でサスティナブルを特徴とするシステムは、その物質的構造基盤、つまり構成分子そのものに依存しているのではなく、その流れがもたらす「効果」である。つまり生命現象とは構造ではなく「効果」である。ということです。

この「生命体」をニューヨークという街、あるいはアメリカという国に置き換えても、そっくり同じシステムで説明できるのではないかと最近思うのです。この街、そして国は移民で構成されており、一時、あるいは一時代淀んだら、また入れ替わっていく。その流れのハンドリングをするのが市や連邦政府の役割で、サスティナブルに息づき継続するために、ダイバーシティーを受け入れながら、あれこれ施策を練っているのですね。だからこの国にはダイナミズムが感じられるのかもしれません。

日本という国も「生命体」の一つ。こちらは可変的でサスティナブルかどうか、外からみていると「うーん、どうなんだろう」と思ってしまいます。

学校の休日システムの話から大分膨らみましたが、ニューヨークという怪物のような生命体にを通過する一分子として、周囲に流れゆく分子たちを見ながらちょっと思いを巡らせてみたのでした。

2014年11月29日土曜日

サンチョ・パンサと神父

「サプライズがあるから早く帰っておいで。近所のビアガーデンにいるから」
と夫に言われ、残業を何とか切り上げ、凍てつくような寒さのなか店にたどり着いた。

「サプライズって何だろう。まあ、あの人のことだから子豚の丸焼きくらいかしら。花束でも持っていたらいいんだけどさ」と、それでもちょっとは期待しつつ、広い店内を夫を探して歩く。

「こっちこっち」と声がして振り返ると、夫がサンチョ・パンサと一緒に笑顔で手を振っているではないか!!
サンチョ・パンサと私がこっそり呼んでいる、このぽっちゃりした、ひげ面のちょっと間抜け面の男は、夫が3歳の頃からの幼馴染み。スペインへ里帰りをする度に会っているけど、いま何故ここに?

混乱を抱えたまま、激しいハグとキスの嵐を力なく受け止め、「ええと、何で?」と夫に訪ねると、満面の笑みで「遊びに来てくれたんだよ。雅子を驚かせようと思って内緒にしていたんだ。これからうちに6日間泊るから」。

サプライズってそれか…。

サンチョ・パンサは母親を亡くしてから引きこもりになり、私と同じ年くらいなのに、いまだに実家で父親と暮らしている。ガールフレンドなし。ドラマーとしての腕はいいらしいが、それではなかなか食べていけず、自動車修理工、ビルの窓そうじの仕事など、あれこれやってみるものの長続きしない。思いつきで運転代行ビジネスを始めたものの、ビジネスの才覚ゼロで全く軌道に乗らないまま廃業。実家でやさぐれてマリファナばかり吸って「まだ自分にしっくり来る仕事はない」などとうそぶいている、絵に描いたような”負け組”。通常だったら、お付き合いを避けたい相手だ。だが、幼馴染みの絆はダイヤモンドよりも固い。博士課程修了の有能な化学者は、学歴差、収入差といった、つまらない条件で友達を捨てたりはしない。
「だってお互いのいびきから、おならの音まで知り合った仲だもの」

そんなサンチョ・パンサ、最近、親戚のおじさんバンドにドラマーとして加入したところ、バンドが有名になってきたため、ライブやレコーディングで収入が増えてきたらしい。というところまでは知っていたが、なぜ、このタイミングで我が家に来たのだろう?

「ぱあっと有り金を全部、アメリカでの買い物で使いはたすつもりさ!」とニタニタ笑うサンチョ・パンサ。いやいや、それはやめておいたほうが良いと思うのだが…。

今日はサンクスギビングデー明けの金曜日。盆暮れが一度に来たようなこの期間、木曜から日曜まで4連休を取り故郷に帰るアメリカ人が多い。夫はその風習に従い4連休。日系企業に勤める私は、金曜日は通常勤務。

ガーゴーガーゴー、派手ないびきをかいているサンチョ・パンサの横で、一人早起きして朝食を作り始めたところ、ぴたっとその音が止まった。むくっと起き上がり「おはよう」ってあんた、白いブリーフ一枚でほぼ全裸じゃないですか…。
いやいや、知っていますよ。リスボン経由のフライトでスーツケースを紛失して、パスポートと財布のみ握りしめ、着の身着のままで来た事は。でも、夫に言えばパジャマくらい貸したでしょう。そんな私の心の叫びにまったく気付かず、その姿でスタスタとバスルームへ。ここはもう、あんたの実家状態なのかい?さすがに夫を通じて、二度とその格好で家の中を歩くなと釘を刺した。

サンチョ・パンサでもう何人目だろう?ニュージャージーで夫と暮らし始めてから我が家を訪れ滞在していったスペイン人は。

スペイン語には「わたしの家はあなたの家」という意味の「Mi casa es su casa」という表現がある。知人が泊りに来たら大歓迎し、もてなすというのが風習とされている。確かに私がスペインへ行く時も、ホテルにはほとんど滞在せず、親戚、友人の家を点々とすることが多い。だが、逆の立場になり、この家を我が物顔で闊歩するスペイン人を見ると、どうしてもホテル代を浮かせ、NY滞在を安くあげるために利用しているのではというネガティブな印象が、しこりのように胸の中で大きく固くなってくる。

11月頭に我が家を訪れたのは、パナマ在住のスペイン人神父だった。義父が若かりし頃、神父を志して通ったカトリックの学校の教師だったという。義父は神父になる道を断念したが、それ以来家族ぐるみの中だそう。

この神父、現在76歳。ドミニコ会(カトリックの修道会)に所属し、貧しい人を救うため40年以上パナマで神父として活動をしている。スペインに帰る度に、夫の両親宅に長期滞在するとのこと。夫を子供の頃からかわいがっていて、メンターのような存在だから、くれぐれも丁重にお迎えするようにと言われていた。

糖尿病を患い、心臓の手術を3回したという、足が不自由な神父は、それはそれは穏やかでおおらかな、まさに神々しいオーラを発していた。私の「神父に定年はあるのですか?」「七つの大罪って何でしたっけ?」などという愚問にも、一つ一つ丁寧に答えてくれ、食前には私と夫の手を取って結婚を祝福する祈りを捧げてくれた。

浅はかな功利主義的、資本主義的、商業主義的、ギブ&テイク思想に芯まで染まった私に、「愛(LOVE)」の大切さを説く神父。

「誰かを愛そうなどと思った時点で、それは愛ではないのだよ。愛とは心の中から自然に湧き出てくるものでなくてはいけない。そう、母親が子供に無償の愛を捧げるようにね。それこそがシェークスピアのハムレットに出てくる『To be, or not to be』の『to be』、そう人間が人間たらしめるものなんだ」。

そして神父はおっしゃた。
「わたしは刺身が食べたい」

マンハッタンのそこそこ有名な寿司レストランまで、タクシーを使って連れて行ったところ、まあ、食べる事、食べる事。そして夫が何も言わずに支払い、神父は払うそぶりすら見せない。そんな調子で彼は我が家に滞在した数日間、「祝福」以外のものは何もくれなかった。最後の日は、午前6時に起床して、夫の車でJFK空港まで送った。家を出る前「糖尿病だから甘いものは控えているけど、いざというときのために口に入れる甘いものがあると気が休まる」というから、日系スーパーで購入した抹茶ポッキーをあげた。(食べたかったのに…)

さすがに、家に戻る車の中で夫に聞いてしまった。
「なぜ、あの人は1ドルたりとて払わなかったの?我が家に泊るんだから一回くらい食事おごってくれてもいいんじゃないかしら?」

その質問に夫は大いに機嫌を損ねた。
「そんなことは、思ってもいけない。彼は貧しい人たちに希望と愛を与えるために全人生を捧げてきたんだ。彼個人が所有するものなど何もない。遠路はるばる来てくれた事に感謝しなさい」

真の意味での「お・も・て・な・し」ってこういうことを言うのだろうかと思う日々。つまりこちらから与えるという傲慢さではなく、その人がはるばる我が家に来てくれたこと、その行為に感謝をし、彼らなりの愛を受け止め、こちらも無償の愛で返すこと。

そこで思い出したのが、大切にしていた盆栽の木をくべて旅人(実は北条時頼だった)をもてなした『鉢木』の逸話。ただこれは、鎌倉武士の忠誠心が実を結んだというのがポイントで、「盆栽」に対して「恩賞」という、ギブに対するテイクがあったということ。そう考えると無償の愛だったのかどうか、あやしくなってくる。

いずれにせよ、「例えそれが人のものだったとしても、仕事でも恋人でも、奪えるものは奪ってしまえ。取られる方が阿呆よ。それでグリグリとのし上がって、自分の社会的ポジションを獲得していくのが生きるということ。勝ち組になるってこと」という考え方に染まりやすい(しかし不器用なので、そう簡単には成り上がれない)単純思考の私には、こういった異文化からの刺激は、考え方を改めるいい機会だと捉えることにしている。

「そんな薄情なことでは、あきまへんで」と教えてくれているのかなあと。でも善行を積んだ最終的な代償として、キリスト教には「天国へ行ける」というご褒美があるんじゃないの?という懐疑はぬぐい去れない。

2014年11月24日月曜日

New York in Black and White

最近撮影したモノクロ写真6枚。



ニューヨークの地下鉄駅構内でパフォーマンス中の、ブルックリンを中心に活躍するバンド「Brown Rice Family(ブラウンライス ファミリー)」。ジャンベを演奏するプロデューサーの飯田祐一氏を中心に結成されたグループ。今年、来日公演もした。たまたま取材帰りに発見。



19階にあるオフィスの窓のちょうど正面に見える、アールデコ調のビル「20 Exchange Place」の外壁に施された彫刻。このビルが完成したのは1931年。NY市のランドマークに指定されており、スパイク・リーの映画『インサイド・マン』にも登場する。



建設中の1ワールドトレードセンター前に置かれた、騎馬兵の彫刻「America's Response Monument」。9.11同時多発テロ事件の報復として、アフガニスタンのタリバン政権に対して開始された、一連の軍事作戦に従事した特殊部隊の功績を称えて、2011年に設置されたブロンズ像。



2011年に起きた、「Occupy Wall Street」(ウォール街を占拠せよ)のデモの舞台となったズコッティパーク。その面影はなく、なんとなくアメリカの景気も回復したようで、ライトアップされた木々が冬の到来を物語っている。



取材で訪れたの米系のオフィスにあったシマウマの敷物。もう少しで頭を蹴っ飛ばすところだった。個人的には動物の顔部を壁に飾ったり、敷物にするのはあまり好きではない。動物愛護団体の活動が活発なアメリカでも、あるところにはこういうものが存在する。モノクロ写真にすると、シマウマの悲しみが伝わってくるようだ。



ハドソン川を渡るフェリーから見る「自由の女神」。モノクロにすると突然、故郷を捨て、アメリカでの新生活に夢と希望を抱き、船で遠路はるばる渡って来た移民の気持ちが憑依する。